|
「ねぇ、ジェフ」 「ん〜なに〜」 授業が始まる前にテキストをぱらぱらと見ている隣のジェフに、俺は小声で声をかけた。 衛生兵向け講座は、ジェフと二人で受けてるんだ。 ジェフのお家は、お父さんもお母さんもお医者さんなんだよ。 「今、ちょっといい？」 「うん、いいよ〜」 俺と同じように小声で返事をしつつ、ジェフは俺の方に耳を寄せる。 それに俺も口を寄せて、こそっと問いかけた。 「あのね、急に顔色が真っ青になるのって、何かの病気かな？」 「急に？ ‥だったらよくあるのは貧血かな〜」 「貧血？」 ジェフの言葉に、首を傾げる。 だって、あんなに身体鍛えててよく食べるザックスが、貧血なんておかしくない？ 「どしたの？ クラウド、具合悪いの〜？」 「ううん。俺じゃないんだけど…」 「クラウドじゃないって、もしかしてザックスさん〜！？」 「しっ。ジェフ、声がおっきいよ」 慌ててジェフの口許を押さえると、ジェフは身振りでゴメンって謝ってくれた。 「‥で、それってザックスさんなの〜？」 「う、うん。昨日ね、ごはんの後二人でソファに座ってたら、急に真っ青になっちゃって…」 昨夜のことを思い出すと、怖くなってぶるっと身震いする。 そんな俺を見て、ジェフは何か考え込んだみたいだった。 「クラウド、真っ青になった後は？」 「え？」 「その後、ザックスさんはどんな様子だった？」 「え、と…俺を、そのぅ、だ、抱き締めてね」 「ふんふん」 「医務室行こうって言っても、いいって言うんだ」 「へぇ」 「食べ過ぎかもって変な言い訳するし。そんなのぜったい嘘だよ。食べ過ぎだったら、あんなに早く治まるはずないもん」 「なるほど」 胸に溜まってたものを吐き出すように、小声でジェフに言い募る。 そしたらジェフは、頬杖をついた。 「うん、それは食べ過ぎじゃないし、貧血でもないね〜」 「やっぱり…心配だな」 不安になって、俯いて膝に置いた両手の拳をぎゅっと握り締めると、ジェフはじっと俺の顔を見つめながら言った。 「ねぇクラウド、ザックスさんが真っ青になる前、なにか言った〜？」 「俺が？」 「そう」 ジェフがどうしてそんなこと聞くのか分かんなかったけど、昨夜の記憶を探る。 でも、いつも通り他愛ないことしかしゃべってないから、思い出すのに少し時間がかかった。 「‥‥魔法の教官に褒めてもらったよって、言ったと思う」 「それだけ？」 「うん。‥あ、確か、実戦でも通用するって言ってもらえたっていうのも言ったかも」 「ふぅん？」 一生懸命思い出しながら言うと、それを聞いたジェフは俺から視線をそらして何か考え込む。 ジェフが何か言おうとしたら教官が入ってきて、結局講義が終わるまで話ができなかった。 「ジェフ、さっき何を言おうとしたの？」 「ん〜？ ああ、講義の前のこと〜？」 「そう！」 講義が終わって廊下に出ると、講義中ずっと気になってた俺はすぐにジェフに問いかける。 するとジェフは少し不思議そうに首を傾げてから、思い出したって顔をした。 「え〜とね、ザックスさんは病気じゃないと思うよ」 「ほんと！？」 「うん。たぶん…あくまで俺の予想だけど、たぶんザックスさんは怖くなったんじゃないかな〜」 「えっ」 ジェフの言ってることがよく分かんなくて、思わず立ち止まってしまう。 そんな俺より一歩先に進んで、ジェフは振り返った。 「俺の予想だよ〜。本当のことは分かんないけど、心理的なものじゃないかな〜、ザックスさんが青ざめたのって」 「…ジェフの言ってること、分かんない。どうしてザックスが怖くなるの？」 気を取り直して、またジェフと並んで歩き出しながらそう言うと、ジェフは溜め息を吐く。 「は〜。…クラウド、ザックスさんはクラウドのことが好きなんだよ〜。ちゃんと認識してる？」 「えっ。う、うん、分かってるよ」 急に変なことをジェフは言い出した。 恥ずかしいから、あんまり廊下とか人の多いところでそういうこと言わないで欲しい…。 「本当に〜？だったら、クラウドの言ったことでザックスさんが怖くなる理由、分かるでしょ〜」 「………」 軽い調子で分かるでしょって言われても、分かんないよ。 だって、俺なんかの言うことで、ザックスが怖くなるわけないもん。 ザックスはソルジャー、それもファーストで強いんだよ。 「…クラウド。知ってるってことと、分かってることっていうのは違うんだよ〜。クラウドは知ってても理解はしてないよ〜」 「…理解？」 分かってない俺の顔を見て、またジェフは軽く溜め息を吐き、俺の肩を抱き寄せた。 「そう。クラウドは、魔法がもう実戦でも通用するって、ザックスさんに言ったんだよね〜？」 「う、うん」 「その言葉の意味、分かる〜？」 「そ、それは分かるよ！」 なんだか頭が混乱してきたけど、それだけははっきりと分かるから慌てて頷く。 「えと、もう遠征に出られるってことでしょ？」 「そう〜。ま、魔法はってことだけど。‥まだ分かんない？」 「う、ん‥」 「そっか〜。…ちょっとザックスさんに同情しちゃうな〜」 「………」 ジェフはいつもの軽口とは違うしみじみした口調で言うから、俺はザックスの負担にしかならないのかなって悲しくなってくる。 「おっ、ジェフ！クラウド！」 しゅんとして泣きそうになってたら、俺達の名前を呼ぶ明るい大きな声が廊下に響いた。 声のした方を見ると、ちょうど教室から連れ立って出てきたディックとカイが手を振る。 「そっちは早めに終わったんだね。…ジェフ？」 「あ〜…ごめん」 二人の側まで行くと、カイは俺の顔を一目見て、きつい表情でジェフを見上げた。 それにジェフは何故か謝る。 「クラウドｖ次の教室まで手繋いでこーぜｖ」 「う、うん」 有無を言わさず俺の手を握って、ディックはすたすたと歩き出した。 ジェフとカイは、何か小声でしゃべりながら後を付いてくる。 何をしゃべってるのか気になったけど、それより俺はザックスの負担にしかならないんだってことが、すごく悲しかった。 「どしたんだ？ なんか暗ぇな、クラウド」 「ううん、なんでもない」 「なんでもなくねぇぞ！ ‥ジェフ、さっきの講義でクラウド怒られたのか？」 「そんなことないよ〜」 「んじゃなんでこんなに沈んでんだ？ ‥あ、分かった、腹減ってんだろ？ よし、俺のとっておきをやろう！」 そう言うと、ディックはポケットをごそごそしてアメを一つ取り出し、繋いでた俺の手を開いて手のひらに乗せる。 「これな、蜂蜜味ですんげー美味いんだｖきっとクラウドも気に入ると思うぜｖ」 「あ、ありがと」 にこにこと嬉しそうにアメをくれるから、ポケットに仕舞い込むなんてできなくて、お礼を言ってすぐに頬張った。 アメはすぐに舌の上で溶けて、蜂蜜の味が口中に広がる。 「美味し…」 アメの優しい甘さに、何故か涙が溢れてきた。 我慢しようとしたけど、ぽろりとひとつぶ零れてしまう。 「うわっ！ カ、カイッ！」 「なんだようるさいな」 「クラウドがっ！」 「えっ！？」 俺の涙を見て慌てふためいたディックは、悲鳴に近い叫び声でカイを呼んだ。 それにカイは文句を言ったけど、俺の名前が出てきたら、すぐにディックと俺に追いついてくる。 でもカイは俺の顔を見ると、何も言わずにハンカチを取り出して、そっと涙を拭ってくれた。 「クラウド、泣くことはないんだよ」 「だって…」 「ジェフの言ったことは忘れて。‥ほら、ジェフ」 「俺、言い過ぎたよ。ごめんね〜」 「ううん、謝らないで‥」 きっと、俺がいろんな事を知らなさ過ぎるのが悪いんだから。 「なぁ、何があったんだ？」 「…もう次の講義の時間だし、ここで話すのもなんだから、ディックには昼休みに話すよ。いいよね、クラウド？」 「うん‥」 カイは、心配そうに俺の髪を撫でてるディックにそう言うと、俺に確認してくる。 それに俺は、よく分からないまま曖昧に頷いた。 「う〜‥そりゃ俺でも分かんねぇな」 「え〜〜？」 「だろうね」 「ウソ〜！」 食堂では話ができないと、カイとジェフがさっさとお昼ごはんを切り上げて部屋に戻ってきていた。 ごはんを十分に食べられなかったと言ってポテチを頬張ってるディックに、カイは手短にジェフと俺との間のやり取りを説明する。 「カイもだけどよ〜、回りくどいんだよ、言い方が」 「だって〜、直球で言っちゃうとさ〜…」 「僕はいつもはワザとだよ。でも今回の件は、直球で言った方がよかったね」 「………」 輪の中にはいるけど、三人のやり取りが分からない俺は、ただ黙って聞いているだけ。 俺の事のハズなのに…。 「うお！カイ、ちゃんとクラウドに説明してやってくれよ！」 「あ〜また泣きそうになってる〜」 「クラウド、ごめんね。…どこから言ったらいいかな」 カイは半泣きになってた俺に謝りながら、思案顔になる。 それを見て俺が口を開くより早く、ディックが声を上げた。 「大元言っちまえ！そこが一番クラウドの知りてぇとこだろ」 「意外とディックも聡いね。うん、じゃあまずクラウドに確認したいんだけど」 「‥なに？」 改めて俺の方に向き直って問いかけてくるカイを、じっと見上げる。 「ザックスさんが、病気じゃないかっていうのが一番気になってたんだよね？」 「うん」 「だけど、病気じゃないっていうのは聞いたよね？」 「うん」 「でもその後、ザックスさんが怖くなったって聞いて、その理由が分からないところにジェフの失言ってとこだね」 「う、ううん、違う。ジェフは悪くないもん」 俺のせいでジェフが悪く言われちゃうって思って、慌ててカイの言葉を否定すると、横からジェフが口を出した。 「クラウド〜、あれは失言なの！俺が悪いんだってば〜」 「ま、そこは本題じゃないから、話進めるね」 ジェフの言葉に俺が言い返す前に、あっさりとカイに話題を変えられる。 「まず前提として、僕とジェフは、同じ理由でザックスさんが怖くなったと予想してるんだけど、そう当たらずも遠からずだと思う。…で、その理由だけど」 「ん」 「ザックスさんはね、クラウドが遠征に招集される可能性があることが、怖かったんだよ」 「………」 一言一言、幼い子に言い聞かせるように、ゆっくりとカイは発音した。 その意味がよく飲み込めなくて、ぽかんと口を開けてカイを見つめる。 だって、遠征に行けなかったら、ソルジャーになれないんだよ。 俺の夢は、ソルジャーになることなのに…。 「‥‥クラウドは、遠征に出るだけの実力があると思う？」 突然のカイの問いかけに、しゅんとして俯きかけていた俺はびくっとした。 見上げると、いつもは優しい漆黒の瞳が、厳しい光を浮かべて俺を見つめてる。 「自分で、どう思う？」 重ねて問いかけられて、おずおずと口を開いた。 「そんな実力、ないと思う‥」 本音を隠さずそう言うと、カイはふっと笑みを浮かべる。 「じゃあ、どうしてザックスさんが怖くなったか、もう分かるよね」 「…うん。今すぐ、未熟な俺が遠征に行くかも、って心配したんだよね？」 自信がなかったから問いかけるように言うと、カイはよくできましたって感じににっこり笑う。 「たぶんね。早すぎる危ないって、怖くなったんじゃないかな」 「もう。魔法が使えても剣技だって格闘技だってだまだなのに、招集かかるはずないよ。あんなに真っ青になるなんて、ザックスは心配性すぎだね」 「…なぁ。俺、それちと違う気がするぞ」 「し〜っ。ディックは黙って！」 俺が納得してると、カイの後ろでディックとジェフがバタバタしてたけど、カイはそれを無視してテキストを手にした。 「そろそろ移動しないと遅刻するよ」 「げっ！あんまりおやつ食えなかった！」 「もう十分食べてたよ〜！はい、クラウド」 「う、うん。ありがと」 ジェフがテキストを渡してくれるから、お礼を言って受け取る。 そしてみんなで連れ立って、午後からの講義に向かった。 びっくりしたなぁ。 前からザックスは心配性だなって思うことがあったけど。 心配してくれるのが、嬉しいっていうのも本音だけど。 …う。 想像だけで顔がにやついてくるくらい、ほんとに嬉しい。 けど、あんまり心配しないで欲しいな。 だって俺は、すんごくチビだし、力ないし、剣だって銃だってうまく扱えないから、まだ兵士としての仕事もあんまりこなせないって、自分で分かってるよ。 だから、早くソルジャーになりたいからいっぱい頑張るけど、無理はしない。 無理して失敗して、みんなやザックスの負担になりたくないんだもん。 でもいつかは、ザックスにそんな心配させないくらい、強くなろう！ 俺、頑張る！ |